高松高等裁判所 昭和26年(う)1147号 判決 1952年10月06日
控訴人 被告人 三好清
弁護人 広重慶三郎 津島静雄
検察官 十河清行関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役十月に処する。
但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
被告人から金八万円を追徴する。
理由
末尾添付弁護人広重慶三郎の控訴趣意第一点について、
しかし記録を精査するも原判決には所論の如き採証の法則に違反する点は認められない。而して原審が適法に取調べた原判決挙示の各証拠を総合すると被告人が竹原英男に五十万円の資金を提供し同人及南口定雄・大本義久等と相謀り共同して原判決記載の通りその密輸出並密輸入の予備を為した事実を優に肯認することが出来る。尤も当公廷に於て証人竹原英男はこれと稍異なる証言を為し被告人には密輸出入については事前に何等話をしなかつた旨供述しているが右は前掲原判決挙示の各証拠と対称して遽かに信を置き難く右各証拠に依つて認められる被告人の本件犯行当時の行動は他の共犯者と共同正犯の関係にあつて幇助の域を超えたものと認められる。従つて原判決には事実誤認の違法はなく論旨は理由がない。
同第二点について、
原判決挙示の証拠中竹原英男の昭和二六年七月三日附検察官(事務取扱副検事)に対する供述調書(謄本)並びに検査官吏岩井正則の犯則事件鑑定書(謄本)に依ると原判示密輸出に係る杉板五〇〇坪の犯時の原価は合計八万円であつたことが明らかであり、右杉板が既に他に売却せられて没収ができない以上右原価を追徴したことは当然である。そして関税法第八三条第三項の追徴の規定は共犯者数人ある場合同時に各共犯者に対し又各別に各共犯者に対しその全額を追徴すべきものと解すべきであるから本件に於て仮に他の共犯者に対し既に全額追徴の言渡があつたとしても共犯者である被告人に対し更にその全額を追徴することは何等違法でない。
又原判決が被告人に対し懲役刑を言渡し乍ら罰金等臨時措置法第二条を適用しているのは法令の適用を誤つたものであるとの所論については関税法違反の犯罪には懲役刑の外罰金刑をも言渡し得るのであるがその法定刑の範囲を明確にする為に同条を適用したに止まり毫も法令の適用を誤つたものでもない。
同第三点並弁護人津島静雄の末尾添付控訴趣意について、
昭和二七年二月六日大蔵省令第五号(同月十一日から施行)により関税法第百四条に所謂外国とみなす地域が北緯二十九度以南の南西諸島に変更せられた結果本件密輸の行われた中の島は密輸出入の区域から除外せられるに至つたけれども、右は関税法違反に対する刑罰法規を廃止したものでないから刑訴法に所謂刑の廃止に当らないものと解する。従つて本件違反を処罰すべからざるものの如く主張する論旨は之を容れない。
然し記録を精査し諸般の情状を斟酌考量すると被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当と認められるので実刑の言渡をした原判決は不当でありこの点の論旨は孰れも理由がある。
よつて刑事訴訟法第三九七条第三八一条に則り原判決を破棄し同法第四〇〇条但書に従つて直ちに判決する。
原審の確定した事実に法律を適用すると被告人の原判示所為は関税法第七六条第一項第二項刑法第六〇条に該当するので所定刑中孰れも懲役刑を選択し右密輸出と密輸入予備は同法第四五条前段の併合罪の関係にあるから同法第四七条本文第一〇条に依り重い前者の罪の刑に法定の加重を為した刑の範囲内に於て被告人を懲役十月に処し同法第二五条に依り本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し追徴につき関税法第八三条第三項を適用して主文の通り判決する。
(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 渡辺進)
弁護人広重慶三郎の控訴趣意
原判決は下記に訴える通り事実誤認、法令違反並に科刑重きに過くる疑ありと認められますので宜敷原判決を破棄して適当なる御裁判下さる様御願いするにあります。
原判決認定の事実の要領は被告人は竹原・大本・南口等と共謀の上税関の免許を受けないで、第一、竹原・南口等に於て昭和二十六年五月十日頃鹿児島港から漁船第二十二住吉丸に杉板五百坪を積んで本邦外の中の島へ密輸出を為し、第二、竹原及南口等に於て同年五月十四日頃右中の島で銅線真鍮屑等合計三屯半を二十七・八万円で購入し右第二十二住吉丸に積み込み以て密輸入の予備をした、との事実を認定し其の証拠として竹原、大本、南口の各供述調書(検察官に対するもの)及鉛筆書メモ(証第一号)税関鑑定書を援用し被告人に対し懲役十月追徴金八万円の判決を言渡した。
第一点原判決には事実誤認擬律錯誤あり。
(一)被告人三好清は何人とも密輸出入を共謀謀議乃至共同した事実は無い。証拠の採否、判断は事実承審官の専権であり自由なる心証に委ねられて居る処であつて之を彼此と論難することは無意味のことに属するけれども其の自由心証による事実認定と雖も必ず証拠が無ければならず、而して其の援用せられる証拠は万人の見て以て判断の資とするに足るものと認められる証拠価値が無ければならぬ。若し形式に駆られ価値無き証拠を援用して事実の認定を急げば其処に専断を生じ独断が起る。大審院は(大正十五年五月二十八日同院刑事第一部判決)曰く、其の解釈及び取捨の判断並事実の認定は経験法則に照し合理的にして事実上適切妥当なものでなければならぬとして居る。本件被告人に共謀の事実ありとするには被告人が<1>和歌山無尽の吉田実より五十万円を借り出し之を竹原に交付するに当り竹原が本件問題の中の島へ密輸出することを認識して居たか否か、<2>其の他の共犯者と事前に夫れ等のことを通謀して居たか否かの点に付き之を積極的に認定するに足る証拠が無ければならぬ。今本件記録を査閲するに被告人は検事警察税関の取調に於ては固より原審公廷に於ても終始一貫犯意を否認し整然として首肯するに足る弁疏をして居る。即ち被告人の弁疏によれば竹原とは年来の友人であり且竹原は昭和二十四年四月頃迄月給二万円で被告人方会社の専務の地位にあつた人物である処偶々本年四月初頃竹原は被告人方に参り鹿児島に銅線其他の非鉄金属を買入れて居るが金を持つて行かないと其の品物が引取れぬから其の資金五十万円を貸して呉れ品物が入手出来たら大阪に運んで被告人に廉く売つて遣ると申入れたので従来の交友関係もあり且非鉄金属は大阪方面では仲々人手困難でもあり廉く入手出来れば儲かるとの考えから之を承知し竹原の提供した担保に自己所有の土地を加え之を抵当として吉田から五十万円を借り受け之を竹原に交付し竹原からは別途に五十万円の借用証を徴したのであつた。そして其の弁済期は四月二十四日(二週間先き)であつた。竹原は此の五十万円の用途に付き密輸出入の資金とする等とは全然言わず鹿児島に置いてある銅線類を引取る資金だと説明した。現在も左様であるが当時鹿児島其の他九州方面に於ては合法又非合法に沖縄等より持込まれた之等非鉄金属が在つて夫れが半公然と取引されて居ることは巷間顕著な事実である。被告人は竹原の言を信じて此の五十万円を貸したのである。尤も其の話の際に竹原は被告人に対し曩に祐徳丸で竹の島に陸上した品物であるから之も引取り度いとの話をした事実はあるけれども祐徳丸による運搬物資が何処から来たもので如何なる性質のものか記録上不明であり検事も亦此の点は起訴して居ないのみならず被告人の五十万円貸与には何等関係はない。而して被告人は其の五十万円が返済期を経過しても竹原より何の沙汰も無いので痛く心配し催促旁々様子を見る心算で予て竹原より聞いて居た鹿児島に於ける同人の宿玉水館に赴き同人の別府よりの帰鹿児を待つて居た処同人は別府から大本と言う密輸資金主を同伴して来たが既に同人は大本等と謀り問題の中の島へ船を出すことを決定して居り而かも竹原は当時既に右五十万円を殆ど蕩尽し被告人への弁済は其の密輸出入を待つにあらされば不可能と言う段階になつて居た。之が為め被告人は竹原を玉水館に難詰し同人と口論した事実がある。原審は此被告人の弁疏に竹原と口論したと言う反証を挙げて弁疏して居るに不拘此の点に就ては何等の顧慮も払わず竹原の供述を証拠に引用した。然し此の口論の事実は現場に居たと称せられる共犯者南口並に宿の女中を調ぶれば一挙手の労を以て解決せられる点であるのみならず竹原の供述が果して信憑力ありや否やは被告人と竹原とを比較すれば自ら判明することである。即ち竹原は数犯の前科を累ね服役の経験もあり且つ現に上告中の刑事被告人なることも判明して居り且つ同人は本件で起訴され保釈出所以来原審公判の数回に渉る喚問にも不拘裁判所を無視して出廷せず法治国国民としての資格を疑われる人物なるに反し被告人は前科は固より未だ警察事故を起したことも無く極めて正直、而して数千万円の資産を有し多数の工員を傭うて堂々と鋳物工場を経営し大阪の斯界業者間に多大の信用を得て居る人物であつて其の供述の信憑力は竹原の夫れと比して果して何れぞや自ら判明するところと信ずる。証拠の採否は裁判官の自由専権に属するところとは言え証拠は万人の首肯し納得するに足る合理的な価値あるもので無ければならぬことは前叙大審院の判示する処である。原審は結審を急ぐの余り被告人の弁疏を一蹴して竹原の調書を証拠に採用した。尤も竹原の調書を証拠に提出するに付き弁護人に異議が無かつたにしても被告人は実に懸命の否認弁疏をして居る以上、結局竹原の調書を証拠として提出することに異議を申立てて居ることに帰着するが故に竹原を被告人の面前で十分に訊問し被告人にも竹原を訊問の機会が与えられなければならないのである。然るに原審は竹原が喚問に応せずとの理由で同人の調書を被告人断罪の証拠としたが余りに被告人に気の毒である。要之原審は結審を急ぐの余り形式証拠に捉われた為に実体を見誤り被告人を共同正犯なりと断じた。之れ畢竟採証の法則を誤り無罪たるべき被告人を有罪とした事実誤認の違法がある。
(二)又原審証拠として採用した大本及南口の供述中被告人が何等為すところも無く玉水館に滞在したのは密輸の共謀があつたからだと思料し判断するとの意味のことがある。然し之は同人等の独断に過ぎないのであつて事実の証拠とはなり得ず、又大本の上述中第二十二住吉丸が出帆するに当り被告人が密告者のあることを察知して大本をして同船船長に電話で警戒を促した事実が出て居て之も亦裁判官に於て心証上或は被告人共謀の疑を起さしたかも知れぬが前述の通り当時被告人は五十万円が弁済の日を経過して尚竹原から返済も無く音沙汰も無いので催促の為めに鹿児島迄出向いた処既に其の五十万円は密輸出入の準備に支出せられ其の準備が着々進展しつつあつて既に事は弦を放れた矢に等しく運ぶ丈け運ばれた後で被告人としては最早如何ともする能わず竹原の為めに五十万円を詐欺された結果となり同人を難詰して口論迄もした位であつた。然し被告人としては何とかして五十万円の回収を図り度いとの念願に駆られ竹原等が船を出すのを敢て止める気にはならず却て何卒して無事に船出をして無事に帰つて来る様にと念ずる気持で居たので偶々密告者のあることを耳にしたので船長に警戒を促したものである。而して此の電話は竹原等の行為に便宜を与えたものなることは想像されるが此の被告人の行為は所謂犯人の犯行を容易ならしめた程度のものであつて幇助の責任はあるにしても刑法第六十条を適用すべき共同正犯の行為では断じて無い。被告人が船より逃げ帰つて来た船長等の報告に基き竹原に電報したのも実は大本が船長より竹原の宿泊元を聞いて居たので連絡の電報を打つたのであるが之も五十万円回収の念願に駆られて居た気持の連絡であつて電報そのものは何等密輸の行為には当らず強いて論ずれば竹原等の行為に対する幇助には当るにしても之亦正犯行為では無い。結局原判決は採証の法則を誤り事実を誤認した結果法の適用を誤つた違法があると信ずる。
第二点原判決は理由不備
追徴金八万円を言い渡したが判決によつては其の根拠不明なるのみならず、仮りに原価八万円の杉板を基礎とした追徴とすれば他の被告人等に対しても夫々八万円の追徴を言渡してあるから計数上に於て不合理と信ずる。
第三点科刑重きに過ぐ。
罪体に関しては趣意書第一点に於て訴えた通りであるけれども公訴事実が余りにも広汎なる為め仮りに何れかの部分に有罪の認定を受けるとするも被告人に対する科刑は著しく重きに過ぐるものと認められる。
(一)被告人は前科無きは勿論未だ曾て警察事故等を起したことも無く工業学校を卒業後若年にして亡父の後を継ぎ数千万円の資産を有し弟と共に家業の鋳工業を続けて今日に及んで居るが母は賢母、其の母への孝養怠り無く信望も厚い。而して被告人の工場は機械の「シヤフト」鋳工には特殊の優れたる技術を有し戦時中は海軍の特別注文を受けて居た位で今日に於ても海運業の復興に伴れて被告人の工場も亦多忙となり現に工員五十名位を置いて毎月四五百万円の売上を挙げて居る。被告人が五十万円を出して竹原をして鹿児島から非金属類を買取らしめんとしたのも其の「シヤフト」の軸受等に使用する資材を得んが為めに外ならなかつたのである。之の若き事業家に対して懲役十ケ月は余りに酷である。
(二)被告人は本件関係者渡辺輝夫等の取調から端を発して逮捕せられることになり八月二十九日以来十月五日迄実に四十日間に垂とする間勾留を受けた。そして勾留は更新され起訴後に於ても証憑湮滅逃亡の虞ありとして保釈も許されなかつた。思うに本件被告人の拘禁は日数的に見て所謂長期とは言えぬかも知れぬ。然し被告人の如き事業経営者に取つては其の一週間、十日間の拘禁が例えば住所不定無職の犯人等の一年にも二年にも相当し信用上健康上の苦痛は到底料り知るべからざるものがある。然るに所謂権利保釈も許されず、従つて十分な反証検討、反証提出の機会も与えられずして公判を終つたのである。原審が被告人の公判調書を証拠に採用しなかつたのは恐らく此の間の消息を洞察された結果ではあるまいか、被告人に対する科刑は此の長期拘禁により既に業に達せられて居るものと信ずる。而して其の公判開廷に当り当弁護人に対しては氏名の違つた被告人の公判通知はあつたが被告人三好清の公判を開くとの通知は当弁護人には来て居ない。思うに全然通知をせぬならば格別、苟も通知する限りは適式の通知を必要とするものと信ずる。尤も本件に於ては主任弁護人があるから刑事訴訟規則の規定する処、公判通知の有無、適否は主任弁護人に就て決せられるが同規則が合憲か否かに付て議論のあるところなるのみならず結果に於ては原審は弁護人の弁護を制限したことになつて居る。記録に付て十分御調査を願い度い。被告人は旅の地で知らず弁護人のみの公判開廷には非常に心痛もし不安であつたと述懐して居るが之は記録に待つまでも無く実験則上認定せられ得る被告人の心裡である。
(三)竹原等は漸くにして中の島に於て金屑等を買入れ之を鹿児島へ送る途中船員の為めに所謂海賊的行為とも目すべき方法によつて之等の船諸共に奪取された為め被告人も其の念願とした五十万円の回収は夢と消え其の得たるものは実に縲紲の辱であり、信用の失墜である。
(四)加之将に批准されんとする講和条約に於ては従来の南西諸島の線が北緯三十度線から同二十九度線に変更せられる状況にあることは新聞等の報道に窺われる処であつて若し然りとすれば本件中ノ島は本邦内となり密輸出入の地域から除外せられることになる。
情状叙上の通りであつて被告人に対する実刑は著しく重きに過ぐるものと認められるので御審に於ては宜敷原判決を破棄して適当なる寛刑を願う。
弁護人津島静雄の控訴趣意
原判決には刑の執行を猶予すべき情状を看過した量刑の不当がある。
一、犯罪事実 犯罪の成否に付て被告人は否定して居り多少疑はあるが百歩をゆずつて犯罪の成立は之を認める。然し被告人は資金を出した丈で直接違反行為には携わつて居らない。被告人は自己の営業上必要なる古金の入手に焦慮する余り竹原英男に誘惑せられ深入りしたものである。
二、被告人の損害 被告人は自業自得とはいえ本件について莫大なる損害を受けて居り気の毒なる事情にある。
三、犯罪後の事情の変化 南西諸島中ノ島は講和発効と同時に日本領土となる事に確定して居り近き将来本件の様な事案は罪とならない事になる。
四、前科等 被告人は前科はない。再犯の虞もない。